こんにちは、原田です。

これからお話する物語は、普通の大学生だった私が、「神の技」と言われた奇跡の方法を習得するまでの実話です。

40年以上、たくさんの弟子たちが挑戦し、それでも習得できなかった奇跡の方法は、まるで魔法のような技術でした。

大企業への入社を辞退した大学生

2013年の春が近づく頃、私は大企業への入社を待つ普通の大学生でした。起業を目指して大学・大学院の6年間を過ごしましたが、現実はそう甘くなく、実現しませんでした。

そんな私に入社式の数日前、ついにチャンスが訪れたのです。両親には「入社を辞退する」とだけ伝え、チャンスをつかむために上京しました。

 

人脈のある社長とのご縁

上京した一番の理由は、人脈のある社長との出会いでした。社長のおかげで、著名人をはじめ、プロスポーツ選手、大企業の社長など普通に生活していてはお会いできない方々とのご縁を頂いたのです。

 

伝説のマッサージ師との出会い

たくさんのご縁の中で最も興味深かったのが、伝説のマッサージ師と言われる方との出会いでした。その方は世界トッププロゴルファーたちに「神の技」と評価された経歴を持つ方で、私は幸運なことに、その技を教えてもらえる機会に恵まれたのです。

 

夢は技術を世界に広めること

先生とはあるプロジェクトの仕事を一緒にする中で親交が深くなりました。先生の夢は「神の技」と言われた技術を世界に広めることでした。先生はその夢を叶えるために残りの人生を全て捧げると語られていたのです。

 

二人の約束

私は先生の情熱に心を打たれ、夢を応援したいと思うようになりました。そしてついに「神の技」と言われた技術を世界に広める、という約束を先生と交わしてしまったのです。

そうして先生の夢を実現するための活動が始まりました。

 

「神の技」と言われた技術の本質

本格的に動き始めて数ヶ月がたった頃、1つの事実が判明しました。それは先生の技術は感覚的なモノで、先生の頭の中に体系化された理論がないことでした。

約40年間、たくさんの弟子たちが技術を学び、それでも習得できなかった理由が明らかになったのです。

 

試練の始まり

先生に「なぜ今このような押し方をしたのですか?」と尋ねても理論的な返答はありませんでした。説明はいつも感覚的なモノで、以前の説明と矛盾することは日常茶飯事だったのです。これが試練の始まりでした。

 

冗談と嘘

先生はいつも大きな夢を語り、日常的に冗談を言っていました。最初は場を和ませるための気遣いだと思っていましたが、少しずつ冗談と嘘の見分けがつかなくなってきたのです。

それでも技術を世界に広める、という約束を疑うことはありませんでした。

 

大きな挑戦

技術を世界に広めるために、2014年9月、東京に40坪のサロンを立ち上げました。先生と私はお客様へのサービス提供と技術者の育成を同時に行える環境を整えたのです。

しかし当初は先生と共同出資でサロンを出す予定でしたが、全ての契約が完了して、お金を入金する段階で、なぜか私一人で全額を負担する流れになってしまったのです。

 

理想と現実

私の名義で銀行の融資は通り、無事にサロンをオープンさせることができました。しかしサロンの運営は思っていたようにはいかず、苦戦の連続だったのです。私は日々、資金繰りと売上を上げることに必死でした。

 

もう後戻りできない

船出してしまったからには、やり切るしかありませんでした。先生がおっしゃることを聞き、毎日やるべき課題をこなして、技術を体系化させることだけに集中したのです。そしていち早くサロンを回す必要がありました。

 

技術の本質に近づく

1日も早く技術習得の必要があったため、先生から教わった型を徹底的に守り、トレーニングに励みました。しかしいくら教わった型を実践しても先生と同じ結果は出ませんでした。

そこで先生の技術を観察し、教わった型との違いを分析していったのです。その結果、衝撃の事実が判明しました。

 

教わった型の正体

先生の技術を観察しているうちに、教わった型が先生の技術と違うモノだということが分かりました。意図的かどうかは分かりませんが、教わった型が偽物であれば同じ結果は出ない、という訳です。

私はその事実に気づいた後、技術をただ観察するだけでなく、言葉の端々から技術の本質を洞察しようと試みました。

 

先生の帰郷

東京サロンがオープンして、ちょうど6ヶ月が経った2015年4月1日、先生は地元に帰って行かれました。「ちょっとだけ地元の様子を見てくる」と言ったまま、先生が地元から戻ってくることはなかったのです。

これは6ヶ月でサロンを軌道に乗せられなかった私の能力不足が原因でした。

 

全く新しい型の必要性

先生が帰郷するまでの間に、技術の本質を洞察し、色々なことが分かっていました。しかし問題はそれらを理論にするために、体系化された学問が必要だったことです。

そこでまず大学で専攻していた機械工学を使いながら新しい型を作っていったのです。

 

試行錯誤の連続

新しい型を作るのは想像以上に大変でした。筋肉をどのくらいの力で押すと、体の内部でどのような現象が起こり、それによってどんな結果が得られるのかを理解しなければならなかったのです。

難解なパズルに挑むような感覚でしたが、学問を使ってその課題をクリアする以外に私が生き延びる道はありませんでした。

毎日、頭が破裂しそうになるほど考え、フラフラになりながらも、ついに1つの答えに辿り着いたのです。

 

技術の体系化に成功

1つの答えに辿り着いた後、圧倒的な結果を出せるようになりました。筋肉を押すだけで、筋肉の状態を把握できるようになったのです。

さらにその状態に合わせて、どのように筋肉を押すと体の内部でどのような現象が起こり、結果的にどのような筋肉の状態になるのかを、理解することができました。

これまで感覚的で曖昧だった技術が、理論的に説明できるようになったのです。

 

あと一歩のところで資金が底をつく

技術の体系化に成功してからお客様の反応は激変し、ついに「神の技」と評価されるようになりました。

しかしようやく本格的にサロンを回せる段階になった頃、資金が底をつき東京サロンを閉店せざるを得ない状況になったのです。やるせない気持ちになりながらも、現実を受け止めて、前に進むしかありませんでした。

 

倉庫で寝泊りした氷点下の冬

友人や家族が助けてくれたおかげで自己破産は免れました。それでも住む場所を失い、運よく友人が経営する会社の倉庫で寝泊りしながら氷点下の冬を過ごしました。

一見、とても惨めな人に思えるかもしれませんが、それでも当の本人は技術の体系化に成功した喜びと、これからの未来にワクワクが止まらなかったのです。

 

再び訪れたチャンス

技術の体系化に成功した後、口コミで一人のプロゴルファーに出会いました。プロは体系化された技術を受けた翌日、カラダの調子が驚くほど良くなり、ハーフベストの29を出したそうです。

それがキッカケとなり、国内でもレッスンの評価が高いゴルフパフォーマンスさんを紹介して下さる流れになったのです。

2016年ゴルフのレッスンスタジオにてサービス提供開始

私は体系化された技術を”理想の体を作る訓練”という意味を込めて、FBT®︎(フィッティング・ボディ・トレーニング®︎)と名付けました。FBT®︎は2016年からゴルフのレッスンスタジオにてサービスの提供を始め、お客様の口コミで広がっていったのです。

 

年々落ちていた飛距離が20ヤードUP

お客様のほとんどは50代から80代までのシニアゴルファーでした。ゴルフ歴は数十年以上で、スイングの技術は高く、ご自身に合ったクラブを使われていました。

それでも年々落ちていく飛距離にお悩みのようでしたが、FBT®︎を受けた後、その飛距離が、なんと20ヤードも伸びてしまったのです。

 

昔のように動く肩甲骨

飛距離が急激に伸びた理由は、肩甲骨の動きが昔のようにスムーズになったためでした。カラダの調子がよく、昔の動きを思い出したかのようにプレーされ、ベストスコアを更新される方もいらっしゃったのです。

 

スイングの再現性が高くなる

FBT®︎の効果を特に実感されたのはスコア70-80台でプレーされるシニアゴルファーでした。カラダ全身の動きがスムーズになり、スイングの再現性が高くなると感じる方もいらっしゃったのです。

 

セルフケアでカラダの変化に気づく

またFBT®︎の効果を実感されやすかったのは、健康意識の高い方々でした。特に定期的にセルフケアを行っている方は、ご自身のカラダの変化に敏感で、FBT®︎の効果をすぐに実感された様子だったのです。

 

カラダの調子が良いほどゴルフが楽しくなる

ほとんどのお客様はカラダの調子が良いほど、ゴルフが楽しくなるようでした。最初はゴルフのためにと通われていたお客様も、最近では長く健康でゴルフを楽しめるように通われています。

 

FBT®︎の本質は「血行の促進」

FBT®︎の本質は「血行の促進」でした。カラダの中には無数の血管が張り巡らされており、その中を血液が流れています。その血液の流れを物理の法則を使ってコントロールする技術が、FBT®︎の本質だったのです。

 

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